「1リットルの涙」
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苦しい毎日でも亜也さんが病気の事実を知り、現実を受容しようとする前向きな思考と今の自分に何ができるかを常に考えて実行していたことから、強い人だと思った。その強さの源は特にお母さんの愛だった。何よりも人間同士のつながりが生きる支えになるのだと感じた。私が亜也さんと同じ状況だとしたら、人に対して心配りはできないと思う。「私は皆と違って、こんなに大変、つらい、苦しい。」という気持ちから、周りの人々に当り散らして感謝もできず、そんな自分が嫌いになり、どん底に落ちてしまうと思う。
亜也さんの苦しみを考えれば、私の悩みもつらさも些細なことかもしれない。「今の私は体を動かすこと、見ること、話すこと、食べることもできる。ならば弱っている場合じゃないぞ。」と。亜也さんは人の役に立てないと言っていたが、亜也さんの生き方は私の気持ちを奮い立たせる。見ず知らずの私にさえもパワーを与えてくれる。亜也さんと同じ深さで苦しみを共感できなくても、想像したり考えたりすることだけはできる。病気も死も明日は私の番かもしれない。明日死ぬかもしれないから一瞬一瞬が奇跡だし、一層大切にしたいと思う。
自分以外の人のことを想うとき、私にできることは「この人はどのような気持ちなのか?」と考えることだ。普段使用している言葉や表現が相手の心を傷つけてしまうことがあるから、(亜也さんにとっては“養護学校”など。)何気なく使う言葉や表現をもっと注意してみようと思う。健康な人も障害のある人も同じ人間。私は常に相手の立場を想像することを心がけたい。医療に関わろうとしている立場だからというのではなく、人として誰に対しても心配りができる人間であり続けたいと思う。理学療法士になれたならばより考えて言葉を選び行動をしなければならないと感じた。
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コメント
初めまして、ブログを開設しているPTです。宜しくお願いします。
投稿: ぷろPT | 2005年11月21日 (月) 22時27分
ぷろPT様こんばんわ。ブログ少し拝見させていただきました。後日ゆっくり覗いてみたいと思います。現在夜間部一年です。今帰宅しました(明日の神経のテスト勉強に取り掛かります。)
私はPTという言葉を知ったのもアメリカ、実際PILATESをしたり、見てもらったり、教えてもらったのもアメリカのPTやトレーナーの方々でした。今は日本で日本語で学べることに感謝しつつ、世界の様々の身体を感じていくセッションに興味を持っています。
投稿: カナリア | 2005年11月21日 (月) 23時27分